
BC3,000年あたりとされるパピルス紙の発明以来,人類は紙の利便性を享受してきました。それから約5,000年たった今でも,主に情報の伝達手段として紙の利便性は失われてはいません。
ただ,今の時代は紙に代わる手段として,液晶や有機ELディスプレイが大いに幅を利かせています。
紙なら何十kgにもなる「情報量」であっても,ディスプレイに表示させればたった数百gの携帯端末に格納でき,かつ再編集も可能です。さらには,離れた人ととも状況共有も簡単です。
紙は紙のよさはあるものの,デジタル端末で情報を活用することのメリットは,今の時代では捨てがたいものがあります。
特に,障害者にとってはなおさらです。
視覚障害者は,点字文化の延長で比較的古くからデジタル化した文字情報を扱ってきました。
また,上肢障害者においては,本を保持できない,ページをめくれないなどの困難があっても,デジタル端末により代替方法が多く用意されています。
そして,学校現場でもデジタル教科書の普及が進んでいます。
- AccessReading ( 東京大学先端科学技術研究センター・人間支援工学分野 )
- 学習者用デジタル教科書のサンプル (Sam’s e-AT Lab)
- 学習者用デジタル教科書の制度化 (文部科学省)

ところで,岩手県在住の板倉ミサヲさんは現在77歳で,4歳のころから四肢不自由です。今年,支援学校の中等部を経て,高等部を卒業しました。
- 板倉ミサヲさん(77歳)、高校を卒業します♪(2019年3月13日)
60歳を超えたあたりから携帯電話・パソコンやタブレット端末を使うようになり生活が一変しました。詳しくは以下のブログ記事にある雑誌「はげみ」のPDFをご覧ください。

ミサヲさんは,中等部入学前からiPadを生活に生かしていました。
しかし,入学してみれば,肢体不自由の学校にも関わらず,紙の教科書しか用意されませんでした。
これでは自分で教科書を開くことができませんし,授業中もページをめくることさえままなりません。
ミサヲさんは手足が不自由なこともあり,口に棒をくわえてさまざまな作業をこなすことができます。その技術を使って,パソコン・携帯電話やiPadなどもサクサクと使いこなしていたのに関わらず。。。

肢体不自由を専門とする学校であれば,当時すでに普及していたiPadなどを活用して,生徒自身で自由に教科を使える環境を用意するのは,ごくごく当然ではないでしょうか。
少なくともミサヲさんや私はそう思いました。


教科書さえデジタル化されていれば,自分のiPadに入れて予習も復習も自由自在です。
もし,宿題があってもiPadに入れてもらえば,他の生徒と同じようにバリバリこなすことができるのです。

まあ,編み物から麻雀まで,口でくわえた棒で難なくこなすほどのミサヲさんですから,もう何でもできます。
このスキルを生かさない手はないはずなのですが。
でも,ミサヲさんの通った支援学校ではそうではありませんでした。
(後編へ)
